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強制わいせつ罪の成立に性的意図が必要とされた昭和45年の最高裁判例が変更され,性的意図が必須とはされなくなりました。
従前の最高裁判例は,内妻が被害者の手引きにより逃走したと信じ,これを詰問するため部屋に呼び出し,硫酸をかけるぞ,などと脅迫し,「5分間裸で立っておれ」などといって裸体を撮影したという事件で,報復,侮辱の目的で行ったものであるから強要罪が成立することはあっても,強制わいせつ罪は成立しないと判示しています。
つまり,強制わいせつ罪が成立するためには,性欲を刺激興奮させる等の性的意図が必要と判示したのです。
この判例は,5人の裁判官による判決ですが,そのうち2人の裁判官の反対意見が付されています。
すなわち,強制わいせつ罪は,個人の性的自由を保護法益としているものであること,条文上,行為者の目的や意図などが要求されているわけではないこと等から,性的意図がないというだけの理由で強制わいせつ罪の成立を否定することはできないと述べています。
これはいわゆる性的意図不要説といわれているもので,被害者の性的自由を侵害したと認められる客観的事実があり,これを行為者が認識していれば,強制わいせつ罪が成立するという考え方です。
条文上は,次のようになっています。
刑法196条「十三歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする。」
故意犯においては,当然に故意が要求されますが,故意とは別の主観的要件として目的などが要求される場合は,条文上も目的が必要であることが明記されています。
例えば,通貨偽造及び行使罪では,刑法第148条において,「行使の目的」という文言があります。
「行使の目的で,通用する貨幣,紙幣又は銀行券を偽造し,又は変造した者は,無期又は三年以上の懲役に処する。」
強制わいせつ罪では,このような「目的」やその他の主観的要件を要求していないことが明らかです。
では,なぜこれまでは性的意図が必要とされたのでしょうか。
まず,強要罪と区別するためという理由があげられます。強要罪は,暴行・脅迫を用いて,人に義務のない行為をさせる犯罪です。性的な意図以外は,強制わいせつ罪と似ています。
次に,医師による医療行為のように,女性の体に触れる行為でも,性的意図がないことから,違法性が問われない場合があります。
また,人を殴打することで性的に興奮する場合,女性の靴をなめることで性的興奮する場合など,単なる暴行や侮辱でしかない行為でも,性的な意図が問題となる場合があります。
それでは平成29年11月29日の最高裁は,どのような判決だったのでしょうか。
本件は,7歳の女児に対し,自己の陰茎を触らせ,口にくわえさせ,被害者の陰部を触るなどのわいせつ行為をした行為(強制わいせつ罪)と,これらの行為を撮影した画像を知人に送信した(児童ポルノ製造及び提供罪)という事件です。
そして,被告人は,知人からお金を借りる条件として,被害者とわいせつな行為をしてこれを撮影し,画像データを送信するように要求されたため,わいせつ行為をしているように演技をしただけであって性的意図はなかったと反論しました。
一審及び控訴審では,性的意図がなかったという点については認められたため,従前の最高裁判例であれば,無罪となる可能性がありました。
こんなのが無罪になるはずがないだろう,というのが一般人の法感覚だと思います。私もそれが間違っているとは思いません。しかし,従前の最高裁判例だとなぜか無罪になってしまう可能性があったのです。
そして,今回の最高裁は,「強制わいせつ罪の保護法益は,被害者の性的自由と解されるところ,犯人の性的意図の有無によって,被害者の性的自由が侵害されたか否かが左右されるとは考えられない」「犯人の性的意図が強制わいせつ罪の成立要件であると定めた規定はなく,同罪の成立にこのような特別の主観的要件を要求する現実的な根拠は存在しない」「客観的にわいせつな行為がなされ,犯人がそのような行為をしていることを認識していれば,同罪が成立すると解するのが相当である」と判示しました。
45年判決の反対意見とほぼ同様の論旨で判例変更をしました。
しかし,今回の判決でも,性的意図の有無が全く問題にならないとまでは断定していません。
まず,強制わいせつ罪になりうる行為を2つに分類し,
①「行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為」
②「行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為」
「その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。」
「そして,いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄である」
「わいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ない」
「そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得る」
と判示して,性的意図を考慮すべき場合があり得ることと認めています。
もっとも,本件では,上記①のケースであるため,性的意図を問題にすることなく,強制わいせつ罪にあたると判断されました。
結論としては,妥当な判決であり,判例変更がなされるべき事案であったことは否定できません。また,時代の趨勢としても,本年なされた刑法改正で強制性交罪が新設され,膣内挿入だけでなく,肛門や口腔内への陰茎挿入が処罰されるようになったり,法定刑が引き上げられ,監護者わいせつ罪,性交等罪が新設されていること等から,性犯罪に対する社会の認識が変化してきたということもできます。
もっとも,本件犯行時には,まだ上記刑法改正はなされていなかったことや,これまでは従前の判例にしたがって,性的意図がない場合は一律無罪とされてきたこととの均衡からは不公平であるという意見もあります。
しかし,最高裁の判例変更というのは,従前の判例の判断を維持したのでは現実的妥当性を欠く結論となってしまう事案の出現と,時代の変化が重なったような場合になされるものですから,今回のケースはまさにそのようなタイミングだったのではないかと思います。
本件のようなケースで無罪というのは,常識的にみておかしいのは明白でしょう。45年判決が時代錯誤ということなのでしょう。
平成29年12月1日(金)
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