非行・犯罪の心理臨床

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『非行・犯罪の心理臨床』 著者:藤岡淳子 日本評論社

 著者は,法務省強制局,刑務所,少年鑑別所,少年院などで要職を歴任し,矯正,非行臨床の現場で活躍してこられた方です。臨床心理士であり,現職は,大阪大学大学院人間科学研究科教授でおられます。
 特に,性犯罪の治療教育の第一人者であり,私も事件の関係で藤岡先生に貴重な助言を得たことがあります。
 本書は,先生の研究成果をコンパクトにまとめた論文集のような体裁ですので,非行,犯罪の回復の現場の最前線を知るのにうってつけの本です。

 以下,簡単に抜粋して紹介してみます。矢印以下は宮本の解説です。

 『ある学校の教師が、「一度性非行をした子どもは、ほぼ必ず、九〇%以上再犯する」と述べているのを耳にしたことがあるが、それは事実ではない。性非行をした子どもや少年少女の再犯率は、成人の再犯率よりも有意に低い。他の深刻な非行歴や行為障害の既往歴のない場合、五年以上たっても八~一五%の再犯率であり、非行行動パターンをもつ場合、五〇%が非行行動の問題を持ち続けているが、性犯罪の再犯とは限らない。性問題行動のある子どもと性非行のある少年少女の多くが、性暴力行動を続けて成人の性犯罪者になるわけではない。』

→ 性犯罪は再犯率が高い,と単純に語られることがありますが,覚せい剤や窃盗など,他の犯罪と比較しても目立って高いわけではありません。さらに,少年については可塑性があるため,成人の再犯率よりも低くなるのでしょう。

『「一定の行動に対して、一定の働きかけをすれば、一定の変化(再犯率低下)を得ることができる」ことが達成されるようになった背景には、リスク・ニーズ・レスポンシビティ(反応性)の原則(RNR原則)が見出されたことがある。すなわち、無闇に働きかけるのではなく、犯罪・非行の原因となるリスクに働きかける必要がある、ということである。変わる可能性のあるリスクは、裏返すとそこに介入する必要があるニーズとなる。』

 『こうした回避のパターンを越えるために考案されているのが、グッドライフ・モデル(good lives model)である。従前の自己制御モデルと組み合わせて使われるものであるが、自分にとって重要なもの、人生で得たいものについて考え、単に再犯を回避するのではなく、達成可能な目標と、よりよい、豊かな人生の実現に向けて積極的な活動を推進することを強調している。ロゴ・セラピーを想起させるような生命、知識、仕事と遊び、自己選択と自立、心の平安、親密な関係、コミュニティ、精神性、幸福、創造性という一般的な一〇の価値と人生の目標を、自分自身にとっての意味という面から再考するところに特徴がある。グッドライフ・モデルは、現在のポジティブ・サイコロジーなどの影響も受けつつ、行動変容のための動機づけに関して新たな方向性を取り入れたものと評価できよう。』

→ 逆に,非行少年を凶悪犯罪者と面会させることで将来の非行を防止しようとするスケアード・ストレイト・プログラムというものがあります。一見すると,自分の将来を考えるきっかけとなり効果がありそうですが,実際には,再犯を促してしまうという結果となっています。
 この点,グッドライフモデルのように,ポジティブな目標を掲げて活動する方が良い結果となるのですね。

 『しかし、衝動制御への介入は、専門家が治すという医療モデルでは対応しきれない。「病気やけがを治すこと。また、そのための医学的措置」という意味での「治療」という言葉を使い続けることは、自己制御モデルを実施する際には、逆効果となると考えている。
 グッドライフ・モデルでは、「心しておくべき最も大切なことは、真の変化はあなたの内にある、ということです。周りの人はあなたを助けることはできますが、自身の人生を変える決断をできるのはあなたしかいません。性犯罪者のアセスメント(評価)と治療の専門家はたくさんいますが、あなたがどんな人であり、どんな人になりたいかについての真の専門家は、あなた自身しかいないのです」とし、専門家の助言を受け入れるかどうかも自身の判断だと強調している。自己制御モデルは、本人が本人の専門家になることを支援するモデルと考えられる。』

→ 依存症の治療や回復モデルは,インフルエンザのようにワクチンを接種すれば治るというものではなく,本人が継続的に回復に向けて努力することが必要となります。また,本人のみならず支援者の協力も大変重要です。

 『そうした本人の動機づけを重視するようになった背景の一つには、回復モデルの影響がある。回復モデルとは、困難と折り合い、自己の生を充実させていくことを目指す、自助グループなど当事者主体の方法であり、変化への希望、12ステップなどに示される回復の地図、回復の「旅」の仲間、新たな役割の取得などに特徴がある。』 

 『この二つはいずれも主として、個人に働きかけていくものであるが、どちらも「エンパワー」という言葉が鍵となると考えている。そして、エンパワーは、個人の持てる力の発揮を妨げる社会や環境の要因に働きかけていくことを包んでいる。社会モデルと呼ばれるものは、個人の側の要因よりも、社会の側の要因を重視し、環境や状況を変えることによって問題を解決しようとする。修復的司法の具体的手法である対話も、話し合いをする人々の力を信頼することが前提となる。
 この三つのモデルは、強調点や方向性は異なる面もあるが、個人と環境の両方に働きかけていくことが、(性)暴力行動の変化という課題には最も効果的であることは言うまでもない。』

 『最後になるが、RNRアプローチに加えて近年注目されているのは、「犯罪者たちはいつでも犯罪をしているわけではないし、すべての犯罪者は、いずれ犯罪行動から離れる」という犯罪からの離脱理論である。一度犯罪を行って司法手続きに係属すると、その人は「犯罪者」としてラベルを貼られ、いつでも犯罪をしているかのようにみられがちであるが、個人としての生活時間を見れば、犯罪に使っている時間はごくわずかで、他のほとんどの時間は日常生活に費やされていることがわかる。
 また、犯罪の多くは一〇代後半から三〇代の男性によるものであり、集団型非行少年のように、「成熟」によって自然に犯罪を手放していく人たちもいる。中には、犯罪が生活の中心になっているような人もいるにはいるが、彼らとて、加齢や病気によって犯罪行動ができなくなっていく。いずれにせよ、犯罪者を普通の人たちとは異なるモンスターとみるのは、恐れが作り出した幻想に過ぎないというのが、現代の犯罪心理学の知見である。』

→ 刑事司法に触れることのない一般人は,マスコミを通じてしか犯罪を知ることができません。しかし,実際に弁護活動を通じて,犯罪者と向き合うと,多くの場合,犯罪者もごく普通の一般人です。モンスターとして排斥するのではなく,治療,回復という視点をが重要です。

 『認知行動療法的アプローチでは、生活歴の振り返りとその自己開示を強調しているプログラムもあるにはあるが、被虐待体験やその影響といったことは集中しては扱わないことも多い。あくまで性暴力行動に焦点をあてて、その背景にある認知を中心的に扱うことによって性暴力行動の変化を促す。それに対し、次に述べる治療共同体アプローチでは、症状としての行動ではなく、全体としての人を扱い、特に感情を認識し、人と関わり、人間的に成長することを目指すと述べ、被虐待体験やトラウマ体験の仲間への開示と、そこからの回復が強調されている。』

 『認知行動療法のグループでも、治療共同体のサークルでも、そこでの話し合いの目的は、分析でもなく、議論に勝つことでもない。対話の目的は、自分の意見を目の前に掲げて、それを見ること、個々人が抱いている「想定」をいったん保留にして、思考に注意を払い、個人と集団の思考プロセスを変えることにある。思考は、あらゆるものを分離し、断片化してしまうが、グループでは、思考と感情、自己と関係性の両方を、全体的に、同時に扱うことができる。つまり、入口と登山道は別であるが、認知行動療法も治療共同体も、安全で安定した場を作り、その関係性とそこで回復した人のモデルがもたらす希望を支えに、加害と被害両方の暴力体験を開示し、その意味を問い直し、再統合して、感情・思考・統制力等の発達を図っているものと考えられる。話すことは「離す・放す」ことであり、聞くことは「効く・利く」ことである。』

2017年9月30日

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弁護士宮本大祐コラム

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